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「ヴーッヴーッヴーッ……ヴーッヴーッヴーッ」Day.3-2

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「ヴーッヴーッヴーッ……ヴーッヴーッヴーッ」
とある場面に遭遇すると、一種の既視感に見舞われることがままある。これ、前にも経験しなかったっけ? と。
普通、人々はこういう既視感をデジャヴと呼びたがるが、このように呼ぶ者もいる……「時空の歪み」と。
並行世界の自分が経験した出来事が、時空が交錯した時にこの世界にいる自分とシンクロするのだ。
確かに「私」はこのことを経験したはずだけど、経験していないこともまた確か。
例えば今、狂ったようにスマホが振動しているこの光景を認識した瞬間、まだ画面を見てもいないのに、ぼんやり相手が白石奈々ちゃんだとわかったし、何故だかわからないが電話に出たくないと思ったのもそうだろう。
スマホは二分ほど振動していたが、やがて静かになった。それから、ショートメールの通知音が連続して鳴った。
私はため息をついて布団の中から這い出ると、スマホを顔面に近付け、上下左右に傾けてみた。
……よし、今日も元気に顔認証失敗。AIのせいで、毎朝昨日の顔とどこが違うんだと考えさせられている今日この頃。
パスコードを入力すると、思った通り、不在着信も未読のショートメールも全て白石さんからだった。お疲れ、並行世界の私。
[白石奈々](ショートメール)おーい!後輩クン!まさかまだ寝てる?
[白石奈々](ショートメール)こんなに電話しても起きないなんて…マナーモードとか?んじゃショートメールで言うね
[白石奈々](ショートメール)まず!ごめん~、昨日は朝から皆でプールパーティーの準備してたんだよね だから電話に出られなかったんだよ
[白石奈々](ショートメール)どんなプールパーティーだったか知りたいでしょ?
[白石奈々](ショートメール)ねえねえ!!今、後悔してるでしょ!!!!そうなんでしょ!!!!!
最後には一枚の写真が添付されていた。日差し、プール、水着、美少女。これらが組み合わさって、知る限り最も美しい晩夏の光景を作り上げていた。
今日の天気予報を見ると、気温は26~32℃のようだ。
まあ問題ない、許してやろう。何故ならどのゲームの……いやいや、どの町でも夏の終わりにプールパーティーが催されてる訳じゃないしね。
白石さんの「後悔してるでしょ?」という質問を見て、昨日白石さんも私のショートメールに一切返信しなかったんだよなと思い出した。ふんだ。
スッとショートメールアプリを閉じ、スマホをポケットにしまうと、ヒーリさんと会うべく家を出ることにした。
ヒーリさんとの待ち合わせ場所――「幾度春」に着くと、既に入口近くの広場にヒーリさんの姿を見つけた。なんと黒ヒョウのモヒートも一緒で、彼女の足元に寝そべり、気だるげにあくびをしている。
しかし彼女達に近づくにつれて、ある疑問が浮かんできた。開けた場所とは言え、かの有名な「幾度春」の敷地内だぞ。人がいなさすぎると思うんだが。
怪訝に思いながら辺りを見回すと、行き交う人々がこの区画に足を踏み入れるのを避けていると気付いた。正面の「幾度春」正門から二人の若者が顔を出し、私達の方を見ながら、焦った様子で何やらヒソヒソ話している。
どうやら、原因はモヒートにあるらしい。それもそうだ、黒ヒョウは獰猛な「捕食者」なのだから。スピードもパワーも、ここにいる人間は誰も敵わないだろう。うーん……「だろう」とするのは少々遠回しな表現かもしれない。少なくとも、自分は絶対モヒートに勝てない。スライディングかましても無理だろう。
正門付近の二人の若者は、統一された制服からして「幾度春」のスタッフなのだろう。モヒートがここで寝そべっていると「幾度春」の仕事にも影響するが、かといってモヒートを中に入れると他のお客さんに危害を加えないとは言い切れない……等と考えているのだろう。もっと重要な点は、彼らにはこの一人と一匹に声をかける勇気は無いであろうことだ。
[player]ヒーリさん、おはようございます。
[ヒーリ]おはよ……思ったより早かったね。
ヒーリさんはゆったりと街灯に寄りかかりながら、何の気なしにモヒートのピンと立った尻尾をわしわしと撫でていた。モヒートは目を閉じて気持ちよさそうにしている。彼女達は自分たちが周囲にどれだけ強烈な「恐怖感」を与えているか気付いていないらしい。
重責を負った私は、「幾度春」のスタッフ達が直面している大問題を解決してあげることにした。これは自分のためでもある。何故なら私とヒーリさんが今日ここに来たのは、「幾度春」で東城玄音に会い、怪我をしたタンチョウヅルを保護した時の状況を詳しく聞くことなのだから。