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助けない

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一飜市は国際的に有名な大都市で、治安もいいことで知られている。こんな状況は、普通の市民なら十年に一度遭遇するかどうかだろう。ましてやずっと品行方正を守ってきた、善良な……私のような市民ならなおさらだ。
感情に任せず、まずこの状況をよく考えろと頭の中の自分が呼びかける。例えば、こいつらと戦える力が本当に自分にあるのか、とか。
何故ならこれは麻雀ではなく、本物の肉弾戦なのだから。私とヒーリさんに対抗出来るだけの戦闘力がないのなら、ここは撤退するのが最善だろう。
答えあぐねていると、ヒーリさんが私を押しのけた。
[ヒーリ]離れてて、邪魔しないで。
彼女は前に進み出た。彼らはアニメのように何か口論して、ありがちな悪口を言い合って、今やるか、別の日に決着するか決めるのだと思っていた。それなら、何とかしてヒーリさんを連れて逃げる方法を考えるチャンスがある。
意外にも、ヒーリさんが立ち止まった瞬間、手に持った長い鞭が一閃し、相手のチンピラをひっぱたいた。
普段動物達とパフォーマンスをしている時は、鞭で動物を叩くところなんて見たことがなかった。しかし今は、一切の躊躇もなく人を叩いている。相手の皮膚には目に見えるほどのみみず腫れができて、しかも赤紫色になった。
一触即発の状況で、双方合わせても五人くらいなのに、十数人による混戦が起きているかのような混迷した空気になっていた。多勢に無勢な状況だが、ヒーリさんの相変わらず泰然自若とした様子からして、私の助けなど必要ないように思えた。言い換えれば、私が前に出てヒーリさんの邪魔になる事態は避けられそうに思えた。肩の荷が下りた私は、彼らから離れた。
皆さんご存知の通り、喧嘩の時に大怪我を負うのは往々にして野次馬なのだ。だから私は注意深く、出来るだけ喧嘩に巻き込まれないことを最優先事項に設定した。
[ヒーリ]PLAYER!
じりじりと後ずさりしていると、突然ヒーリさんが私の名前を大声で呼んだ。顔を上げると、バットが私の顔面めがけて振りかぶられていた。その直後、バットを阻止してくれようとしたのだろうか、ヒーリさんが鞭を振るった。
しかし、こういう出来事が、「長鞭馬腹」ということわざを生み出したのだろう。「ドゴッ」という音と共に、意識が遠のいた。
やっぱり、喧嘩を野次馬するのは、世界でもっとも危険な行為だ……
ヒーリさんに呼び起こされた時には、喧嘩はすでに終わっていた。チンピラ達はボロボロになって、隅の方にまとめて転がされていた。ヒーリさんの話によると、彼女は先ほど彼らに尋問をしたようだ。
リーダーはシジュウカラといい、他の数人は彼らの手下で、彼らは闇の組織「レイヴン」のメンバーだそうだ。
私はまだ意識がはっきりとしない頭をさすり、足元に落ちていたバットを拾い上げてシジュウカラの近くにしゃがみ込んだ。
[player]どうして彼女に手を出したんだ?
[シジュウカラ]あぁん? 俺等が手を出したじゃと!?
[シジュウカラ]そりゃ濡れ衣じゃ!
[シジュウカラ]先に手ェ出してきたんはどっちじゃ。俺等はただここにおっただけじゃのに、こいつがいきなり鞭を打ってきよったんじゃ。
かなり驚いた。想像とは違う展開だ。
私が想像していたのは、ヒーリさんが「Soul」に向かう途中で「レイヴン」のチンピラどもに会い、喧嘩を吹っ掛けられた……という筋書きだ。
実際は、ヒーリさんが「Soul」に向かう途中で「レイヴン」のチンピラどもに会い、自ら相手に喧嘩を吹っ掛けたそうだ。
[普通のチンピラ]シジュウの兄貴、こいつらと話しても無駄っすよ。どう考えても先に手を出したのは向こうですぜ!
[貧相なチンピラ]そうっすよ、シジュウの兄貴。俺達「レイヴン」の人間がこんな目に遭っていいはずねえっす。
私が経緯をまるで理解していないことに気付くと、チンピラどもはうずくまったままリーダーのシジュウカラに次々と抗議し始めた。何もしていないのに殴られたとしたら、私でも納得行かないだろう。
[シジュウカラ]黙っとれ、んなこたぁわかっとんじゃ。お前らが勝っとったら、こんな説明せんで済んどったんじゃぞ、こんボケ!
シジュウカラが組織の中間管理職に就いているのもそれなりに理由あってのことらしい。彼は物わかりがよく、引き際をわきまえている。
[シジュウカラ]元々俺等は、ボスの手伝いをするためにここを通っただけじゃ。そんで、今の状況はてめぇらが聞いた通りじゃ。
[シジュウカラ]これ以上俺等に突っかかってきよるようなら、「レイヴン」も容赦せんからの。
[ヒーリ]フン。
隣にいるヒーリさんが軽蔑したように鼻を鳴らし、手にした鞭で空を切った。彼らへの「しつけ」を続けようとしているのを見て、私は慌ててヒーリさんを止めた。
[player]ちょちょちょ、もう十分でしょうよ。
[player]何の恨みがあってこんなことを? 話してくれれば、仲裁に入るよ。
[ヒーリ]ハッ! こいつらに聞きなよ。
私は虚無感を覚えた。ゲームで、向かい合って立っているNPCに両者の伝言を伝える時のあの感覚だ。私がお人よし市民であるかぎり、このクエストは永久に私を悩ませ続けるらしいな。
[player]えっと……シジュウカラ、君達は何をするつもりなの?
[シジュウカラ]「レイヴン」のことをてめぇみてーなよそ者に話すわけねぇじゃろ。
その言葉を聞いて、ヒーリさんは再び鞭を手に取った。