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周りの人を慰める。

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[player]このまま待っても仕方ないし……どうしよう、明智くん。
[明智英樹]あれ、もしかして僕に何とか出来る力があるとでも思ってます?
[player]出来たりしないかな~って! 頼りにしてるし。ま、根拠はないんだけどね。
暗闇の中で顔が見えないが、彼の声はなんとなく嬉しそうだなと思った。
懐中電灯を持ったスタッフがこっちに近づくと、明智くんは立ち上がってスタッフに何か話したが、周りの人たちの声で内容までははっきり聞こえなかった。わかったのは、スタッフの人がはっと何かを悟ったかのようにステージへ走っていったことだけ。
[player]スタッフになんて言ったの?
明智くんが戻ったあと、気になりすぎて聞いてみたけど、彼は笑うだけで答えてくれなかった。
[明智英樹]すぐわかると思いますよ。
[player]それってどういう……?
[役者B]愛する人よ……!
急にステージの方から場内に響き渡る歌声が聞こえてきた。何も見えない暗闇の中、ステージ上の歌手は演技を続けることにしたようだ。
[player]このまま続けるようにアドバイスしたの?
[明智英樹]みんなの気持ちに訴えるには、音楽が一番効果的ですからね。このホールは何もしなくても音が良く響くように設計されていたので、音響設備が無くともステージ上の声は十分に聞こえるはずです。
[明智英樹]後から5000席に拡張したとは言え、外周の音響設備はあくまで補助的なものなんですよ。それに、演者は電気で動いてる訳ではありませんし、停電しても上演は続けられるでしょう。
[player]そんなことまで知ってるの……?
[明智英樹]興味を持ったことなら、とことん調べて損は無い、そうでしょう?
[player]それはそうだけど。
目を凝らしても輪郭しか見えないような闇の中だけど、彼が人差し指を立てて「しーっ」としたのはわかった。
[明智英樹]ここから長い独唱が始まるのですが、ここが今日一番聴いて欲しかった所ですので。
ホールいっぱいに響く歌声には、愛する人を守りたいという想いが籠められていて、中世の地下室が目に浮かぶようだ。
伴奏の旋律やハーモニー、そして演者の歌声が絶妙に一体となって、聴衆の感情を動かし、御曹司と一緒に悲しませ、反抗を決意させる。
時に優しく、時に激しく。その歌声は現場の混乱を吹き飛ばすかのように、一人ひとりの耳に、心に染み渡っていく。そしてやっと、騒音に溢れていたホールは再び静けさを取り戻した。
[役者B]初めて出会ったその瞬間から、君と一緒に歩むことは決まっていた。僕の魂を奪った人よ、君は天使、それとも悪魔? しかし僕は知っている、君はただ一人の少女であると。僕をこんな風にしたのは、君への愛だと。
私はその歌声に心奪われ、少しでもステージを照らそうと、スマホを取り出してライトを声の方向に向けた。意外にも、明智くんもほぼ同時に同じことをした。
そして周りの人も私たちを真似し出した。スマホが照らせる範囲には限界があったが、何とかステージ上の人影の動きがわかるようになった。
[player]停電しなかったら、表情までわかったのに……残念。
[明智英樹]でも、こんなレアな演出が見れたのは停電が起きたからですよね。
[player]いいこというじゃん。でも確かに、御曹司の苦悩を表す歌だし、闇の中でこそ感じられる美があるかもしれないね。
ソロパートの最後に、御曹司は父親への反抗を固く決意し、地下室から脱走した。
そしてやっとの思いでヒロインとの再会を果たしたタイミングで、ようやく予備電源が動いたらしく、二人の愛を彩るようにホールの中は再び煌びやかな光景に戻った。
[役者B]僕の心は決して高潔とは言えないが、君のことを愛していることだけは誓える……
[役者A]愛、なんて美しい響きなの……
[役者B]僕は喜んで君に魅了されよう! 過去の僕がどんなに恵まれていようと、今は君に愛されることだけが一番の宝なんだ……!
[役者A]二人の未来が犠牲になると知っていても、貴方からの薔薇を受け取りたい。私はいったいどこまで馬鹿なのと、何度も自分に問いかけた……
[役者B]しかし、愛する人よ、僕たちはきっと共に歩む運命なんだ!
[役者A]そうね、愛しい人。これからは二度と離れないことを、お互いに誓いましょう……。
スマホをしまって二人の歌を聞いていると、いつの間にか涙を流していた。愛、なんて美しいんだ……!
[劇場放送]皆さま、本日はご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ありませんでした。安全確保や電源復旧作業のため、本日の公演は以上となります。お気をつけてご退場くださいませ。また、振替上演につきましては、後日改めてご案内させていただきます。
[劇場放送]本日の停電につきまして、スタッフ一同、心よりお詫び申し上げます。
停電した時はどうなることやらと思ったが、劇場を出てから今までずっと、あの暗闇の中での歌声を思い返しては感動の余韻に浸っていた。
[明智英樹]PLAYERさん、この後予定がなければ、コーヒーでも飲みませんか。アクシデントで不安にさせてしまったお詫びとして、ぜひ奢らせてください。
[player]なにそれ、停電は明智くんのせいじゃないでしょ。そんなに気にしなくていいよ。
[明智英樹]いいえ、僕が悲劇を選んだからこうなったんです。それに今日の思い出が、停電で終わって欲しくないので……。
私は別に気にしてないけど、明智くんは深刻そうに眉間に皴を寄せている。そんな顔されたら断りづらいじゃん。
[player]今日のことは予測出来るものじゃないよ。停電は確かに残念だったけど、アクシデントじゃなくてサプライズだと思えば気が楽にならない?
雪の重さに耐えかねた松の枝が垂れ下がり、上に乗った雪がドサっと地面に落ちてきた。沈黙。さすがの私でもちょっと恥ずかしくなってきた。めちゃくちゃなことを言っている自覚はあるけど、それを聞いて黙り込む明智くんも明智くんだ。
パラパラと落ちてくる雪を避けようとした時、明智くんは急に笑い出した。
[明智英樹]ふっ、ははは。そうですね、わかりました。では、言い方を変えますね。もっと一緒にいたいので、一杯奢らせてもらえませんか?
[player]いいよ。実は私もそう思ってたんだ。
[店員]いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ。
[明智英樹]いつもの、スペシャルブレンドとケーキのセットで。君は?
[player]同じものを。
[店員]かしこまりました。しばらくお待ち下さい。
明智くんが選んだカフェはオーセンティックな雰囲気で、優雅だけど派手過ぎることもない、ちょうどいい感じの店だ。窓辺には様々な多肉植物の鉢が置かれ、静かな雰囲気が素敵。
[player]それにしても、「いつもの」って、ここはよく来るの?
[明智英樹]麻雀部の集合場所として、よくここを使っていました。ここ最近は来られていませんけどね。
[player]へー、だからメニューも見ないで注文出来たんだ。
明智くんが迷わず注文するメニューならきっと美味しいだろうと思いつつ、店内に流れる流行歌に乗せて鼻歌を口ずさんだ。
[明智英樹]いい歌声ですね。
向かいに座る明智くんは頷き、私の鼻歌を褒めてくれた。
[player]聞いたことあるの? この曲。
[明智英樹]最近流行りの歌だから、どこにいても聞こえてくるというか……。
[player]だとしても意外。あの部長が流行りの、それもラブソングを知ってるなんて。
[明智英樹]……まあ、いいじゃないですか。たまにはね。
明智くんは両手を合わせて、おずおずと顔を半分隠した。
そんなに恥ずかしいことかなぁ……? もしかしたら本当はポップスも好きとか?