……実はさっき、愛ちゃんの様子がちょっと変だった気がしてて……。
独断で決めつけるのも少し気が引けるので、思い切ってモヤモヤしたものを白石さんに伝えることにした。
そっか……じゃあ戻ったら、ウチからあの子に聞いてみるよ。
ずいぶん思い切りいいなあ。私の考えすぎかも、とか思わないの?
ウチはキミの人生の先輩だけど、麻雀のことで後輩クンにあれこれ偉そうに言う気は無いよ。ウチは、キミの判断を信じる。
後輩クンは先にご飯食べてて、中堅戦がもうすぐ終わるから。お腹いっぱいになれば、対局も思いっきり出来るってもんだよ。
お弁当を食べ終わる頃、ちょうど愛ちゃんが控え室に入ってきた。白石さんがいつさっきのことを尋ねるつもりなのかはわからないけど、気まずくなってきたので、トイレに行くと言って対局が始まるまで外でぶらぶらした。
副将戦では、上家の麻雀部員が倍満を放銃してしまったのがたたり、下家の子供チームが逆転して二位に上り詰めた。私はなかなかあがれなかったが、チームの順位を堅実に守った。
対局スペースを出ると、白石さんが出迎えてくれて、私が一番気になっていたことにズバッと答えてくれた。
あれね、どうやって聞こうかなーって悩んでたんだけど、結局愛ちゃんの方からあの子達に手加減してあげてって頼みに来たよ。子供チームを決勝まで勝たせてあげるって約束したからってさ。
やっぱり不正してたのか……でもなんで?
そう尋ねてから、自分は何をバカなこと聞いてるんだろう、と思った。理由なんて重要じゃない。いかなる理由があろうと不正は不正だ。
子供チームはベスト4の景品の「おもちゃセット」を欲しがってて、ウチらは大幅にリードしてるから、手加減してあげてもいいんじゃないかーって言ってたよ。
……白石さんはどうするつもりなの?
あっ、また険しい顔。安心して、全力を尽くすからさ。
可愛い後輩でいたいなら、難しいことは先輩に任せるべきだよ。控え室に戻って、いい子で先輩を応援しててよ、さあさあ。
白石さんは私に背を向けて、ひらひらと手を振ってみせ、廊下の向こうに消えた。
「全力を尽くす」とはいったい……彼女に聞こうと思ったが、結局何も言えなかった。私、白石さんのこと、ほとんど何も知らないんだな。
白石さんが、私の望む答えを返してくれるかどうか、自信が持てなかった。
控え室
おかえりなさい、さっきの対局はなかなか良かったですね。あまりにも早く出て行っちゃったので、協力してもらえなかったのが残念でしたけど。詳細は奈々先輩から聞いてますよね?
うん……
愛ちゃんと目を合わせることなく、テレビの前に座った。ちょうど白石さんが卓につき、試合が始まるところだった。
全力を尽くす、か……
大将戦 東三局 二本場
リーチ。
白石さんは三巡目にして絶好の両面待ちに仕上げ、リーチ宣言をした。巡目からして手掛かりが非常に少ないし、他の選手は真っ直ぐには行きづらいだろうな。
二巡が過ぎても、白石さんの河には有効な手掛かりが出てこない。上家の女子麻雀部員は汗を拭い、悩んだ末に目を閉じて七索を打った。
自分の親番にしがみつきたいがための、軽率な打牌だった。もし白石さんの手が満貫以上だったら、それまでコツコツ積み重ねた点数が無駄になる。なんてこった……。
麻雀部員は、これさえ通ればとでも思っているのか、ブツブツと何事か呟いていた。震える指をゆっくりと牌から離し、そわそわしながら白石さんの方をちらりと見る。すると、白石さんが満面の笑みを浮かべていたため、上家の顔はみるみる青ざめた。しかし、白石さんが続けて牌を引くと、長いため息をついた。
わ……先輩、やり過ぎですよ。なんでわざと驚かせたんでしょう? あの人、放銃したと思ったでしょうね。
本当に運がいいですね、浮いた牌が当たらないなんて。でもそろそろ守備に入るんじゃないですか? 攻め続けて打ってくれたら、あの子たちの決勝進出が決まるので一番いいんですけどね!
まるで下家は絶対放銃しないみたいな言い方だな……
下家の子も守るつもりはないらしく、白石さんのリーチを完全に無視して危険牌を次々と打牌した。下家の手にはちょうど白石さんの当たり牌である五萬があったが、四、五、五、六と繋がっている状況なので、しばらくは出ないだろう。
麻雀部員はその後も二回続けて危険牌を押し、余分な牌を処理した。どことなく自暴自棄のような雰囲気が感じられる。そして下家の子供チームはというと、終始自信たっぷりで恐れを知らず、ひたすらあがりに向かってどんな牌でも捨てていった。
唯一堅実に守備に徹している対面は、左右を見て首を傾げつつ現物を切っていた。この時、彼の頭の中は疑問符でいっぱいだっただろう。
……あ、テンパイした。
勇者への褒美のように有効牌が舞い込み、上家は白石さんと同じ、五、八萬の両面待ちでテンパイした。しかしリーチはしない。打点を上げるため、手替わりを待っているのだろう。
しかし、間もなく下家もテンパイした。
リーチ!
パァン! 下家は点棒を出し、五萬を強打した。麻雀部員はすかさず「ロン」と叫び、手牌を開けた。
あら残念。でもたったの三飜ですし、さっきの倍満を取り返すにはまだまだですよ。
ウチも。
えっ……
大将の少年はあっけにとられて白石さんの手を見た。私の隣にいた愛ちゃんも、信じられないという顔をしていた。
な、なにこれ……?
ごめん、ダブロンだよ。どれどれ……ん? 裏ドラ二枚で跳満だね。
親の三飜に子の跳満が乗り、本場数も加えると、下家の子供チームはさっきの倍満で得た点数分をまるまる放出してしまった。
それからは……いや、きっと最初から、白石さんは子供相手に手加減する気は一切なかった。彼女はいつもの対局と同じように、ただひたすらに目の前の大将戦に臨んでいた。
助っ人を失い、慌てた下家がミスを連発すると、上家の麻雀部はゆっくりと優勢を取り戻し……最後にはすっかりペースを取り戻して、準決勝を突破した。
ははっ、「全力を尽くす」ってこういうことか。うん、いつもの白石さんと全く変わらないや。
なんで……こんなはずじゃ……
試合終了後
白石さんが控え室に戻ると、愛ちゃんは息巻いて問い詰めた。
ん? 言ったでしょ? 「全力を尽くす」って。
先輩、私の言いたいことが伝わってなかったんですよね。私がお願いしたのは……
はっきり言われたいのかな? 白石さんは、最初からあなたに協力するつもりはなかったんだよ。
私は奈々先輩と話してるんです、部外者は首を突っ込まないでください!
いや、後輩クンの言う通りだよ。勝ちたいなら全力を尽くす。手加減なんてする訳ないよ。
……わかりません。ただの交流大会なのに、なんでそんなに真剣になるんですか? 勝ちたいにしても、私達は大差でリードしてたじゃないですか! あの跳満をあがる必要なんてなかったはずです!
あの子達は、ただ「おもちゃセット」が欲しかっただけ。奈々先輩は「弱い人は助けなくちゃ」って言ってるのに、どうして……
ちょい待ち、確かにウチは人助けが好きだけど、「弱い人を助ける」なんて言った覚えは無いなぁ……ウチはごくごくフツーの人だし、そんなかっこいい台詞は本物のヒーローに言わせておけばいいよ。
優勝出来たら、子供達が欲しがってる「おもちゃセット」を喜んであげるよ。でもさ、せっかく同卓することになったんだったら、本気で試合を楽しまないともったいないよ。
……あの子達は楽しんでなんかないと思います。決勝に進める希望がようやく見えてきた所だったのに、最後に賞品だけ貰って、本当に喜ぶでしょうか?
試合に負けたら、普通の人ならそりゃ嬉しくはないだろうね。
あの子達も、決勝に進めなくて悔しいかもしれないけど、そういう悔しさがあるからこそ、人は強くなりたいと思えるものでしょ? ウチは、この賞品を譲ることで、「次はもっと上手くやれるよ」って励ましてあげたいんだ。あの子達が弱いから、可哀想だからって、決勝に進むチャンスを恵んであげるんじゃなくてね。
わ、私はそんなつもりじゃ……
そう固くならないで。そんなつもりじゃないことはわかってる。でもね、昔キミを助けたのが、ウチがキミを憐れんだから、ウチは自己満足が大好きなナルシストなんだと思ってるんだったら、傷ついちゃうな~。
親切な気持ちは大事だけど、試合に真剣に向き合って、相手をリスペクトするのも同じくらい大事なことだよ。よし、この件はこれで終わり。きっちり準備して、優勝して「おもちゃセット」をあの子たちにプレゼントしよう!
あ、終わりじゃなかった、もう一つ。愛ちゃん、PLAYERに謝って。
はぁ!? なんで私が謝らなきゃいけないんですか?
さっき自分が言ったこと、よく思い出して。PLAYERはウチらのチームメイトってだけじゃなくて、ウチが認めた後輩クンなんだよ。部外者じゃない。
さっきはちょっと気持ちが高ぶったんだと思うけど、失礼なことを言ったら謝らないとね。
先輩の言うことはもっともだと思うよ、愛ちゃん、謝ったら?
せっかくチームになったんだし、ほら、握手で仲直りして。
二人まで、先輩の味方をするの!? まったく……わ、わかったわよ!
愛ちゃんは頬を膨らませながら私の前に来て、謝罪した。表面上は謝っているものの、顔にははっきり「不服」と書かれていた。
えっと……謝る必要なんてないよ。白石さんの言う通り、この件はこれで終わりにしよう。
だ~め。それはそれ、これはこれ。
わ、わかったよ……じゃあ、謝るんだったら早くして……
ハァ……ごめんなさい! 言ーいー過ーぎーまーしーたー!!
うんうん、元気があってよろしい!
元気ありすぎて鼓膜破れたよ……はぁ、そんなに気乗りしないなら、無理に謝らなくてもいいのに。
ダメです。奈々先輩に謝れって言われたら、当然謝りますよ。それに言い過ぎたと思ってるのは本当なので。
じゃあその不満そうな態度は何なの?
だって……奈々先輩、あなたのこと「ウチが認めた後輩クン」って言ったんですもん。わ……私が先だったのに! 先に先輩と知り合ったのは私だし、先輩を一番尊敬してるのも私なのに、先輩は私のことを「認めた後輩」って言ってくれないんですよ、これって不公平じゃありませんか!?
なんで試合もそのくらい真剣にやらなかったんだ……ちょ、ちょっと、胸ぐら掴むのはやめて! 白石さん、君が原因なんだから、早く来てこの場を収め……あれ? 白石さんは?
先輩は「二人のアオハルコミュニケーションを邪魔したくないし、試合後に賞品を子供達にプレゼントするための相談してくるね~」って言ってましたよ。
くそう……適当発言で元凶を生み出した奴を逃がした……!
決勝が始まるまで、愛ちゃんの悲哀と怨恨がこもったじっとりとした眼差しと、悔しげにつぶやき続ける怨嗟の声に耐えることを余儀なくされた。
本当にくれるの!? ありがとう、お姉ちゃん!
へへっ、今度チャンスがあったらまた一緒に麻雀しようね。
うん! 次は僕たちが勝つよ!
決勝が終わり、優勝賞品と三位賞品の「おもちゃセット」を交換してもらってから、約束通り子供チームにプレゼントした。
二人のメンバーは用事があるのでと先に帰り、会場には私と白石さん、そして愛ちゃんが残った。
……あの子たち、嬉しそうでしたね。奈々先輩を見つめる眼差し、まるでヒーローを見てるみたいでした。
決勝に進めなかったら、落ち込んで、麻雀を嫌いになっちゃうかもって心配してたんですが、考えすぎだったんでしょうか。
そうなる可能性もあったけど、それでも白石さんは自分の選択を貫いて、誰が相手とも真剣に向き合ったと思うよ。
ふん……今回はあなたの勝ちです。
勝ち? 何の勝負?
悔しいですが、私はまだ奈々先輩のことをよく理解出来ていないみたいです。実際、あなたのように先輩と同じ選択を下せませんでしたし。だから、あなたの勝ちです。
私はやや複雑な気持ちになった。私自身、ついさっきまで、白石さんは愛ちゃんの考え方を支持するかもしれないと思っていた。そんな私が、本当に愛ちゃんより白石さんのことをわかってると言えるだろうか?
……まあいいや、こういう辛気臭いことはもう考えないようにしよう。少なくとも、私は今日で、より彼女のことを知れたのだから。
でも、いつか私も、奈々先輩に「愛ちゃんはウチの認めた後輩だよ」って言わせますし、負けは認めませんから! じゃあ……失礼します。
一緒に行かないの?
はい、これからどうやって人助けをしていくか、もう一度よく考えたいんです……
白石さんが戻って来る頃にはもう、愛ちゃんは立ち去ってしまっていた。先に帰った理由を聞いた白石さんは、手を頭の後ろで組み、苦笑した。
やっぱり真面目だねぇ、じゃあ邪魔しないでおこっと。これからどうする? 後輩クン。
もうすぐ暗くなるし、先にご飯にしようか。
いいアイデアだね! あ~、察しのいい後輩が、自分から、一日頑張って疲れた先輩にタピオカミルクティー奢ってくれたらもっと最高なんだけどな~。
はいはい、奇遇だね。ちょうどここに察しのいい後輩がいるよ。
よーし、ぼーっと突っ立ってないで、早く行こっ。
トッピングたっぷりの甘いタピオカミルクティーは、確かに疲れ切った体を癒すのにぴったりだった。
そうだ、言い忘れてた。
ん?
今日はすごくかっこよかったよ、先輩。
へへ、当然でしょ!
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