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「バイク素人です、抽選に応募させてー!」

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秘密の賞品が何だか知らないが、バイクに乗れない暇人であることは間違い無いので、一応抽選に応募した。
リプライを送った私は、動画サイトを開き、朝食を摂りながら麻雀名場面集を見始めた。
この手の名場面集は、見てると段々自分にも出来るんじゃないかという気になってきて、麻雀を打ちたくなってしまう。今日は天気もいいし、麻雀会館にでも行こうかと外へ出た。
ブウン……家の鍵をかけた瞬間、背後からバイクのホーンの音がした。振り返ると、大型バイクが走って来て、私の前に止まった。
[撫子]良い週末だな、PLAYER。
バイクのライダーがヘルメットのシールドを上げ、美しく輝く目を見せながら話しかけてきた。
[player]……撫子さん?
[撫子]そんなに驚くことか? 当選したから、迎えに来てやろうと思ったんだけど。
[player]え? 当たったの? 私が!?
[player]本当だ!!!
[player]ごめんなさい、個別チャット見てなくて……。私が当選するなんてまずないと思ってたから……。
[撫子]そんなに運悪い方でもないだろ。どれ……よし。さ、ヘルメットを被って後ろに乗りな。
撫子さんはバイクに乗ったまま、獲物を見定めるような目で私を上から下まで見回すと、ヘルメットを渡してきた。
[player]えっと、秘密の賞品ってのは、撫子さんと一緒にツーリングとか……?
撫子さんはツーリングの写真をいつも上げていて、一緒に行けたら絶対面白いよなって毎回思っていた。まさか今日、その夢が叶うのか?
[撫子]んー。ま、そんなもんだと思ってくれ、後悔はさせないよ。
それなら迷う理由もないよね! 私はヘルメットを被り、撫子さんの後ろに乗った。
[撫子]あたしの腰、しっかり掴んどくんだよ。
[player]え、それはちょっと……うわぁ!?
私の言葉も虚しくバイクが動き出し、私は撫子さんの腰に両腕で抱きつく他なかった。
エンジン音を轟かせながら、一飜市の街を縦横無尽に走り抜け、私達はついに目的地に到着した。頭をくらくらさせながらバイクから降り、目の前の景色を見渡すと、そこは想像していた緑豊かな自然ではなく、ありふれたビル街だった。
[player]「バイクカレッジ一飜」……って、教習所?
[撫子]そうだ。あんたにやる賞品は「あたしの生徒第一号になる資格」だ。おめでとう。
[player]……生徒?
ことが予想外の事態に発展し、いまいち呑み込めない私。
撫子さんが詳しい経緯を説明しながら、私を教習所の中へ案内してくれた。
この前、コレクターズアイテムの限定販売ヘルメットを買ったせいで、今月と来月の生活費がピンチの撫子さんは、この教習所で雇われ指導員として働きたいと思っている。
明日が指導員資格の面接で、教習のテストも行われるので、今日のうちに誰かと予行練習をしておきたいと。そして私は、その練習用として選ばれたモルモットだということだ。
[撫子]急に思いついたことでさ、千穂理に聞いたら抽選で人を集めろってアドバイスしてくれたんだ。リプライ率を高めろだの、ターゲティングをより正確にだのとよくわからなかったけどね。
[player]さすがコミュニケーション学に造詣が深い編集長さんといったところですね……。
[撫子]まあな。実際こうやってあんたを捕まえられたし、効果はあったと言える。じゃ、こことここにサインしてくれ。
撫子さんは受付から申込書を持ってきた。
[player]ちょっと待ってください。これって、ノーという選択肢はない感じですか?
[撫子]へえ、PLAYERはあたしの誘いを断るんだ?
撫子さんは私の目をみてそう言った。
断るかどうかと言われると……断らないな。せっかくの週末に教習所かぁ……と思ったけど、撫子さんの助けになれるんだったらそれも悪くない。
私はしっかりサインをして、申込書を返した。
[player]力になれるかどうかわかりませんが、頑張ってみます。撫子先生。
[撫子]フフッ、やる気は十分ってとこだね。ではPLAYER君、ようこそバイクの世界へ。
一飜市では、二輪車の免許を取得するには筆記試験と実技試験の二科目を突破する必要がある。今日はどうやら筆記試験の勉強から始まるようだ。
教習所の広い教室の中、私と撫子さんの二人きり。
撫子さんは用意した指導案を持って教壇に立ち、授業を始める。筆記試験に合格するには、バイクの各パーツについてだけでなく、交通規則も覚える必要がある。
[撫子]……安全第一を胸に、二輪車事故は皆でなくそう……。
撫子さんが、今回の教習のためにかなり準備してきたことが伝わってきた。一飜市内の交通安全ルールは指導案を見ずに説明して、その後はバイクのパーツや機能についてノリノリで解説している。
[player]せ、先生!
[撫子]どうした? 分からない所でもあった?
[player]今の「ノッキング」っていうのは何ですか?
[撫子]ああ、説明しそびれたね。エンジンが最低回転数を維持した時に、カラカラって感じの異音が響く状態のことさ。
[player]えっと、その最低回転数の時っていうのは……?
[撫子]ま、簡単に言えばアイドリング状態だな。
[player]あ、アイドリング……?
[撫子]そこから説明しなきゃいけないのか!?
[player]え、しないんですか……?
真のド素人である私に何回も授業を止められ、撫子さんはやっと私との知識量の差に気づいた。それを踏まえ、指導案を見直し始める。
見直しが終わり、撫子さんは改めてバイクの解説を始めた。今回は専門用語の解説もある。わかりやすくなったのもあるけど、撫子さんの熱意にも影響されて、つい聞き入ってしまった。
撫子さんが設定したアラームが鳴り、そこで私たちはやっと一時限目が終わったことに気づいた。
[撫子]やっぱ修正が必要だったな。PLAYERがフィードバックしてくれたお陰だ、助かったよ。
[player]あはは……素人が授業を受けてただけですけどね。でも撫子さんの力になれてよかったです。
そう言って撫子さんはノートパソコンを持ってきた。
[player]これは?
[撫子]筆記試験の問題集だ。ちゃんと合格できるよう頑張れよ。
[player]あの、今って予行練習ですよね? このテストもこなす必要が……?
[撫子]今日は予行練習とは言え、あんたは栄えあるあたしの生徒第一号だ。最後まで責任をもって講習をやっていくつもりだよ。それに、あんたの結果を参考に問題集の内容も調整したいしね。
[player]ありがたいですけど……
[撫子]なんだ、百問かそこらしかないのに、怖気付いたか?
言ったな~!
撫子さんの授業の成果、とことん確かめてやろうじゃん!
「問題数・正解数共に規定数を達成しました。」とのメッセージを見て、私は内心得意気になった。
[player]撫子さん、こっちはおわ……。
頭を上げて撫子さんを呼ぼうとしたら、彼女は教壇の後ろに座って真剣に資料に向き合っている。
その真剣な姿を見て、私は彼女が作業を終えるまで静かに待とうと思った。
撫子さんはエンターキーを叩いて、集中した表情を和らげた。一息を軽く吹いて、こっちの方を見て来たら、ちょっと意外そうな表情を見せた。
[撫子]悪い、待たせたね。
[player]いいえ、そんなことありませんよ。資料、出来ました?
[撫子]あんたが解き終わる前に片付けようと思ってたんだけど、つい夢中になっちまった……でもなんでわざと黙ってたんだ?
[player]いや、撫子さんがあんまりにも真剣そうだったので、さすがに話しかけられなかったといいますか……。
撫子さんは仕方ないなという表情をした。
[撫子]とはいえ……お前って、やはり存在感無いよな。全然視線に気づかなかった。
……そ、それは私に効くからやめてくれ。
[player]そ、そんなことより次行きましょうよ次、実技訓練もやるんですよね? 楽しみにしてたんです!
[撫子]ああ、やろうか。そうだ、実技のコースは屋外と屋内があるけど、どっちにする?
え、選べるの?どっちにしよう……